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help リーダーに追加 RSS 言葉にできない・・

<<   作成日時 : 2009/01/09 14:26   >>

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「お母さん、やめてっ、どうしたの、もおっ

今、ご飯食べ終わったとこじゃないのよ」

キッチンの食器棚に、買い置きしていた食パンを

丸ごとケースから抜き取って夢中になって

口に運んでいる母の手から食べかけのパンを、

無理やり奪い取り、詩織は大きくため息をついた

詩織にとって、たった一人の親である母の伸江が

アルツハイマー型の認知症と診断されてから一年近い時間が過ぎていた

「嫌だよ〜嫌だよ〜もっと食べたいよ〜

もっと、パンが欲しいよ〜」

と、詩織の無理やり奪ったパンを恨めしそうに見ながら

まるで赤ん坊のように泣き叫ぶ母を見て、

これがかっての優しくて、気丈だったあの母なのか

理知的で、聡明だったあの自慢の母なのかと、情けなくて、

悔しくて、涙の止まらない詩織でもあった

幼い頃に父を亡くした詩織は、小学校の教員として働く母一人の手で育てられた

父の無い子の寂しさを娘の詩織に味あわせたくなくて

母の伸江は詩織に精一杯の愛情を注いできたのだった

詩織もまた、そんな母が大好きで、

「あたし、お嫁になんていかなくてもいい、

お母さんとずっと死ぬまで一緒に二人で暮らしていたい」と

本気に、なってそういい続けていた


そんな母娘二人の二人三脚で歩んで来た幸せな月日が

母の認知症という思いもしてなかった、深刻な病気で

脆くも崩れ落ちていこうとしている

まだ60歳半ばの母は教員生活を終えた後も、

地域のボランティ活動やら、趣味の水墨画に、俳句と、精力的に、

折り返したばかりの人生をエンジョイしていたはずだった

「お母さん、再婚もしないであたしの為に

一人で頑張ってきたんだもの

これからは、充分人生楽しんでね」と

そう声をかける詩織に、母の伸江は

「そんなことはいいのよ、シオちゃんこそ、

早くいい人見つけてかわいいお嫁さん姿をお母さんに見せて頂戴ね」

といつも笑ってくれていた


画像



眠りについた母の寝室をそっと抜け出し

修羅場だった一日の疲れをほぐすように、詩織はお気に入りのワインを

グラスに注ぎ、大好きなクラッシクを聴き、つかの間の安らぎの時間に

疲れた心と身体を癒した


そして今も忘れられないでいる雅也のことを

やっぱり思ってしまう30歳の詩織がいる

母の事がなければ今頃は恐らく一緒に住んでいるであろう

雅也のプロポーズを断ったのはやっぱり正しい判断であったと、

詩織は、今、改めてそう思っている

それでも、今でも雅也の事が忘れないでいる詩織には違いなかったが

「詩織ちゃんお母さんの事だったら、いいんだよ

病気なんだから仕方ないじゃないか、

一緒にお母さんのこと介護してあげればいいじゃないか」

とまで言ってくれた雅也だったけど、

実の娘の自分さえもが、毎日のように声を荒げるような日々に、

もう今では母一人では始末もできない排泄の世話やら何やらで

くたくたに疲れ、できれば投げ出したいほどの日々に、

結婚するならこの人と決めた雅也であろうとも

この生活へ、彼を巻き込むことは絶対にできないと思っていたのだった


そう決めて、別れを告げた日に雅也のほうから、

「そんなこと、俺は認めないね

今まで、つきあってきた2人の日々はいったい何だったの

そんなに簡単に別れらるなんて、俺にはできない」

とまで、言ってくれたけど

父亡き後、女の細腕で、自分の事を愛情いっぱい育ててくれた母を

たった一人の娘の自分が、もっともっと優しい心で接してあげなければ

母があまりにもかわいそうであると、詩織はそう思っている

こんな病気になってしまったの、母のせいでも何でも無いのだから

今は自分の事よりも母の事が先決だからと、そうも思ってもいる

この先何年になるかわからない母の介護は

自分一人でやっていこうと、上手く言葉にはできないけど

今は、そう思っている詩織である


画像若年性アルツハイマーがテーマで

山本周五郎賞受賞の荻原浩さんの

小説「明日の記憶」を読み終えました

これをヒントに簡単な小説風、またまいてみました

読んで頂いた方ありがとうございます・・・・ みみ


♪言葉にできない・・・・小田和正

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コメント(18件)

内 容 ニックネーム/日時
アルツハイマー困りますね。
今はまだ予防方法が無いそうで、
若くしてもなる人がいるそうなので困ります。
テレビで40歳代の人の放映をしていましたが、
家族は収入も途絶えて途方にくれていました。
悲劇ですねー。
カメさん
2009/01/09 14:58
♪カメさん

アルツハイマーは予防方法も無いけど、
進行を多少遅らせるくらいで完治できる薬もないんですよね・・
そして、自分は絶対大丈夫って思っても
いつ何時その病気にみまわれるやらしれません
介護に当たる人も、よほどの覚悟がなければやっていけないし負担も大きいです
そんな深刻な病気・・・
できれば、さけて通りたいけど・・

みみ
2009/01/09 18:17
こんばんは〜
介護や病気に上下なんて無いけど
アルツハイマーは見ていてとても辛いものがあるのでは・・・
先も見えないし完治もできない
自分を育て愛しんでくれた人がだんだん壊れていく
早く治療の手立てが見つかることを祈ります。。。

きょんたん
2009/01/09 20:33
♪きょんたんさん

本当に、自分が当事者や、介護をする立場になったらと思うと、辛いものがあります
トコトン症状が進んだら家庭での介護は難しいのかも・・
ただし施設も、定員の事もあり簡単には入れ無いみたいですね・・

完治するどころは最後は死に到る恐ろしい病気であるようですね・・
みみ
2009/01/10 00:41
おはようさん。
かなしいね〜〜 本当に言葉に出来ないね
歌の意味と違うけど、私の母が二年間で終止符を打ったけど 悲しさは未だに残ってます。身じまいの
綺麗な優しい母でしたから 余計感じるのでしょうね。
しじみ
2009/01/10 11:30
今日は。
思いテーマに挑みましたね。
誰でもがいつ襲われるかもしれないこと・・・
ろこさんも物忘れがひどくて「あれ・・・これ・・・う〜〜〜ん」
そんな日々です。
他人事ではありませんね。
本人よりも周囲の人が苦労するんですものね。
医学がこんない発達しているのに・・・
ろこ
2009/01/10 12:23
つい引き込まれてお邪魔しました。
私の母が文章其の儘の状態でした、今のように
介護の設備も施設も無い頃でした。
母は65歳頃から兆候が現れ79歳まで自宅介護
でした。
それは毎日壮絶な日々でした、一時も目を離す事が
出来ない生活でした。
包丁・鋏など刃物は常に隠し続けました。
自分が倒れるか、母を看とれるまで頑張れるか
命がけの介護でした。
食べても食べてもすぐ忘れ、夜中は徘徊するし
母には申し訳無いが、逝かれた時は悲しい気持より
やっと眠れる一瞬心をよぎったのが本音でした。

其れ以来家族にあんな想いはさせたくないと
胸の奥に秘め、間も無く母の齢に近かずいた年齢に
なりました。
今の私の心境は、逝く時はぽっくりと!です。
hiromu
2009/01/12 12:37
♪しじみさん

2,3日留守にしてましたので、
お返事すっかり遅くなってしまいました
自分の身内のものが、そういったことになると
本当に辛いものですよね・・
長いこと寝ついていると、高齢の方はそれだけでも何か、そんな風になることもあるんですよね・・
何時まで若くて元気でいられればこんないいことはないのですが・・
みみ
2009/01/12 20:21
♪ろこさん

本当に、この病気はこれと言った薬も治療法も無いみたいで、そういう意味では恐い病気です・・
明日我が身もありえるわけで、
本当に不安なこともいっぱいですね・・
私も、本当に物忘れの第一人者です(笑)
みみ
2009/01/12 20:25
♪hiromuさん

ご訪問いただきまして、ありがとうございます
お母様が、そうだったのですね
私もそういったことは何度となく聞いたことはありますが
家庭での介護は本当だと思います
一瞬たりとも目が離せないような状況の中で頑張ってこられたことに、頭がさがります
本当にこの病気は、介護なさる方も強靭な精神力や体力、そして根気強さなどが、いります・・
これからの医学の進歩が本当に待たれますね・・
みみ
2009/01/12 20:35
重い課題ですね。いつ誰に来るか分からないですし、、、
自分の立場ならどうするか、、気持ちは強く!と思いますが、実際はどうなるのか想像もつきません。
えるむ
2009/01/13 14:54
母と娘だけの生活、いわゆる適齢期というものを過ぎてしまった娘がやりきれない思いを抱えながら母を支えて生活。疲れ果てて投げやりになった時、
「もし、仮に自分が誰かと結婚して家庭を築いた所で自立できるハズもない母を放っておいたままで、
果たして自分は本当に幸せと言えるだろうか?」
といったような内容のドラマを思い出しました。
こういう状況は私も他人事ではありませんが、
このドラマの主人公のこの言葉はひどく印象的でした。(^^)
ミー太郎
URL
2009/01/13 15:45
♪えるむさん

本当に重い話ですが、こういった状況の方が
おられるのもまた事実ですね・・
本当に何時なんどきですね・・
家族の支えが一番必要なのでしょうが個人だけではどうしようも無い問題でもありますよね・・
みみ
2009/01/13 17:03
♪ミー太郎さん

私はそのドラマは見ておりませんが
こういったケースは絶対あると思いますよ
以前、実家の近所で認知症の親御さんを見ているお嫁さんがいましたが
その方には、毎月一回介護から開放してあげて
旅行などさせてあげている家がありました
お嫁さんも立派ですが、そうやって休暇や旅行の費用を出してあげた兄弟の方たちもそれなりに偉かったと思います
生半可では絶対にできない介護ですものね・・
みみ
2009/01/13 17:09
遅れましたがみみさんご家族の新しい年・・心よりお祝辞申し上げます。
なにかと世知辛い世の中にこんな話が増えて来ましたね。私の父も若くしてアルツハイマーの様な病にかかり(潜水病)家族全員で奮闘しましたが親一人子一人の場合はその苦しみがいかほどか良く判ります。自分の親が子供の様に萎んで行く様はほんとに淋しくて哀しいものです・・。ましてや適齢期のこの主人公には涙なくしては語れない・・きっと愛した彼も戻ってくるはずだと信じられる小説でした。。
ウメ
2009/01/13 19:09
♪ウメさん

今年も、昨年同様よろしくお願いします
ウメさんのお父様は潜水夫さんだったのですか
昔、実家の近所にもその職業の方いらっしゃいましたよ・・

今、日本中にこういった悲劇が語り尽くせないくらいあるんだと思いますね
愛いするたった一人の母がこんな病気になった時の決断はこうする他なかったと・・
思ってしまうのですが・・・
みみ
2009/01/14 10:06
こんにちは♪
我が家は認知症婆ちゃん「せっちゃん」物語が出来上がっていますよ(笑)
もう笑うっきゃしかない状況でした。。
語ればキリがありませんが創作のお話楽しく読みました。。難しいてーまーですよね
コケコ
2009/01/18 17:33
♪コケコさん

そうですか
一家に認知症の方がいらっしゃるって本当に大変なことと思いますよ・・
この病気の方を抱えておられるご家庭の人にすれば、「何なのこの読みものは」みたいなお気持ちになられたのではと思いますが・・
思い切ったテーマであったとも思いますが・・
自分なりに書いてみました
読んでくださってありがとうございます・・
みみ
2009/01/18 22:57

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